呪術廻戦の真人の死亡はアニメ何話?漫画の巻数や退場の経緯を網羅
こんにちは、エンタメノートを運営しているアカエイです。
呪術廻戦の中でも、その圧倒的な邪悪さとトリッキーな能力で強烈なインパクトを残した呪霊といえば真人ですよね。
物語が進むにつれて、多くの主要キャラクターを手にかけ、読者に絶望を与えてきた彼ですが、ついにその最期が描かれました。
ネット上では呪術廻戦の真人の死亡が何話で描かれたのか、あるいは原作漫画の何巻でチェックできるのか気になっている方が多いようです。
また、呪霊という性質上、真人が復活する可能性や、同じく真人の被害を受けた釘崎野薔薇のその後についても注目が集まっています。
特に羂索による極ノ番うずまきの素材として利用されたシーンは、衝撃を受けたファンも多かったのではないでしょうか。
今回は、真人がどのようにして退場し、その術式がどう扱われたのか、私なりの視点で詳しくまとめてみました。

- 真人が虎杖悠仁との死闘の末に羂索に取り込まれて死亡した正確な経緯
- アニメ第2期や原作漫画で真人の最期が描かれた具体的な話数と巻数
- 羂索の術式抽出によって真人が復活する可能性が極めて低い理由
- 真人の術式である無為転変が死滅回游へどのように繋がっていったか
呪術廻戦で真人が死亡した経緯と決着の瞬間
渋谷事変で虎杖悠仁に追い詰められた真人の最期

真人の最期へのカウントダウンは、渋谷事変のクライマックスで始まりました。
七海建人や釘崎野薔薇といった大切な仲間を目の前で奪われ、一度は精神が崩壊しかけた虎杖でしたが、親友である東堂葵の劇的な介入と鼓舞によって再起します。
この戦いでの虎杖と真人は、お互いに黒閃を連発・発生させる極限状態の中にありました。
黒閃を経るごとに「呪力の核心」を掴んでいく二人の攻防は、まさに戦いの解像度が一段階上がったような感覚を読者に与えましたね。
魂のぶつかり合いと「俺はお前だ」の真意
最終局面、真人は自らの魂の形を理解し、遍殺即霊体へと進化しますが、虎杖の魂を削る一撃がそれを上回ります。
常に他者を弄び、余裕を見せていた真人が、逃げ場を失い、雪原の中で虎杖という「死」に追われる演出は、彼がこれまで行ってきた残虐行為への因果応報を感じさせました。
虎杖は静かに、しかし冷徹に「俺はお前だ」と告げます。
これは真人を肯定したわけではなく、自分はただ呪いを祓うという役割を全うする装置になる、という恐ろしいまでの決意表明でした。
決着を奪った羂索の介入
這いつくばって逃げる真人の前に現れたのは、味方であったはずの「夏油傑」の皮を被った羂索でした。
真人は一瞬、助けを求めるような素振りを見せますが、羂索の目的は最初から真人の「救済」ではなく、彼の持つ強力な術式「無為転変」を自らの計画のために手に入れること。
虎杖の手によって直接祓われる直前、真人は羂索の手によって小さな球体へと変えられ、その意識は闇へと消えていきました。この瞬間に、個体としての真人の命運は尽きたと言えます。
真人は虎杖との戦いで肉体的にも精神的にも限界まで追い詰められましたが、直接的な「個体の死」を決定づけたのは、その後に現れた羂索による回収とうずまきへの転用でした。
虎杖の勝利でありながら、結末は羂索に奪われるという、非常に後味の悪い、しかし呪術廻戦らしい展開だったかなと思います。
アニメは何話?真人が死亡する回の見どころ

アニメ派の方にとって、真人の退場シーンは非常にクオリティの高い映像で描かれています。
呪術廻戦の真人が死亡(厳密には取り込まれて消滅)する流れを明確に確認できるのは、第2期の最終盤です。
MAPPAによるアニメーションは、キャラクターの絶望や狂気を鮮烈に描き出しており、原作以上のインパクトがありました。
| アニメ話数 | サブタイトル | 放送時期(目安) | ここがポイント! |
|---|---|---|---|
| 第47話(第2期 第23話) | 渋谷事変 閉門 | 2023年12月 | 逃げる真人を羂索が回収し、うずまきで消費する衝撃の結末。 |
第47話「渋谷事変 閉門」の演出的な凄み
この第47話では、逃げる真人を羂索が「救済」するのではなく、あくまで「素材」として扱う冷酷さが際立っています。
雪原のメタファーを用いた虎杖と真人の追いかけっこから、一気に現実の渋谷の惨状へと引き戻される演出は、視聴者に強い喪失感を与えました。
真人が最後に見せた、羂索への「分かってたさ」という諦めとも取れる言葉は、彼自身が他者の魂を弄んできた代償を理解していたようにも見えますね。
もし、これまでの流れを整理したいという方は、呪術廻戦のアニメを見る順番や時系列を分かりやすく解説している記事をチェックしてみてください。
作画と音響で味わう「うずまき」の恐怖
アニメ版の特筆すべき点は、極ノ番「うずまき」の禍々しい描写です。
何百、何千という呪霊が圧縮され、一つのエネルギー体へと変わる際の異様な音響効果は、真人が「消滅した」という事実を聴覚的にも叩きつけてきます。
MAPPAの繊細な作画により、真人の顔が歪み、球体へと凝縮されていく様は、まさに鳥肌モノのクオリティでした。
この回を境に、物語は「渋谷事変」から、さらに混沌とした「死滅回游」へと一気に加速していくことになります。
原作漫画は何巻?真人の退場シーンをチェック

漫画でじっくりと真人の最期を読み込みたいという方も多いはず。原作漫画では、渋谷事変の終盤にあたる15巻から16巻にかけて、その決着が描かれています。
芥見下々先生の描く独特の「絶望感」は、静止画である漫画だからこそ、より読者の想像力を掻き立て、深く心に突き刺さるものがあります。
15巻・16巻の収録内容と見どころ
15巻(第125話〜第133話)
虎杖&東堂vs真人の決戦が佳境を迎える巻です。真人の「遍殺即霊体」のお披露目から、虎杖の魂を込めた一撃まで、バトルの盛り上がりは最高潮。
16巻(第134話〜第142話)
羂索が真人を手中に収め、渋谷事変が「閉門」へと向かう範囲です。真人がいかにして消えたのか、その後の世界がどう変貌したのかが克明に描かれています。
漫画ならではの表現:「俺はお前だ」の重み
漫画版で特に注目してほしいのは、やはり虎杖が真人に放った「俺はお前だ」というセリフのコマです。
文字のフォントや配置、そして虎杖の感情を削ぎ落としたような表情が、アニメとはまた違った「冷たい恐怖」を感じさせます。
真人が初めて味わった「自分が狩られる側になる恐怖」という心理描写は、漫画のモノクロ表現だからこそ、そのコントラストが際立っていました。
単行本をお持ちの方は、ぜひ16巻の冒頭を読み返してみてください。
羂索の「話の続きを始めようか」という不穏なセリフと共に、真人が消え去るシーンの余韻をじっくり味わえるはずです。
羂索の極ノ番うずまきと真人の術式抽出の真相

真人の死を理解する上で避けて通れないのが、羂索の持つ「呪霊操術・極ノ番『うずまき』」の真の能力です。
物語の序盤では、ただ呪霊を一つにまとめて放出する強力な攻撃手段だと思われていました。しかし、その本質はもっとえげつないものでした。
それは、準1級以上の呪霊を素材にした場合、その呪霊が持っていた術式をそのまま抽出して、羂索自身のものとして使えるようになるというものです。
真人の術式「無為転変」の奪取
羂索は、真人が虎杖との死闘で限界まで追い詰められ、抽出に適した状態になるのを待っていました。
真人をうずまきにかけた瞬間、真人の魂を弄ぶ力「無為転変」は羂索の手中に落ちたのです。
このプロセスにおいて、真人は単なる「弾丸」か「使い捨てのプログラム」のような扱いを受けました。
私たちが「真人」という人格として認識していた存在は、この時点で完全に分解され、再利用不可能な状態まで使い潰されたと見て間違いありません。
うずまきで消費された呪霊は、莫大な呪力エネルギーとして放出されるか、術式抽出のためにその構造を完全に解体されます。
個体としての意識、記憶、人格は一切維持されません。真人が羂索に取り込まれたことは、単なる敗北ではなく、存在そのものの消滅を意味しています。
つまり、物語上で「真人が自分の意志で再登場する」余地は、この時点で完全に断たれたと言えるでしょう。
抽出された術式がもたらした最悪の結果
羂索はこの抽出した「無為転変」を、遠隔から多数の非術師たちに対して発動させました。
これにより、かつて伏黒恵の姉・津美紀のように呪いをかけられていた人々が強制的に覚醒させられ、地獄のデスゲーム「死滅回游」が始まってしまいます。
真人は死してなお、その最凶の術式によって世界を最悪の方向へと導くための「鍵」として使われてしまったのです。
呪術廻戦の世界において、これほど徹底的に「利用され尽くした」敵キャラクターも珍しいかなと思います。
東堂葵の協力と虎杖が悟った俺はお前だの意味

真人を追い詰める上で欠かせなかったのが、虎杖の「ブラザー」こと東堂葵の存在です。
彼の介入がなければ、虎杖は真人の術式と精神攻撃によって確実に命を落としていたでしょう。
東堂は、真人の無為転変が自分の左手に触れた瞬間、迷わずその腕を自ら切断しました。
魂の変質が全身に及ぶ前に、物理的に切り離すという超決断。この自己犠牲と合理的判断の両立こそが、東堂の真骨頂ですよね。
不義遊戯(ブギウギ)の最後とブラフ
左手を失ったことで、東堂の術式「不義遊戯」は実質的に使用不能となりました。
しかし、東堂は最後に、残った右手と真人の手を合わせることで、術式が発動するかのような「拍手」を演出しました。
このブラフに真人は見事に引っかかり、コンマ数秒の判断ミスを犯します。この一瞬の隙こそが、虎杖の全力の黒閃を叩き込むための絶対的なチャンスを生みました。
東堂は「俺の不義遊戯はもう死んでいる」と語りましたが、その魂の輝きは真人を完全に圧倒していました。
「俺はお前だ」という救いのない肯定
そして、虎杖が真人に放った「俺はお前だ」という言葉。
当初、真人は虎杖を「偽善者」として否定し、同じ人殺しだと嘲笑っていました。
しかし、最終局面で虎杖はその挑発を逆手に取り、自分を「ただ呪いを祓うだけの機械」として定義しました。
「お前が次にいつ生まれてきても、名前を変えても、何度でも俺が祓う」というその言葉は、ある意味で真人という存在に対する究極の否定であり、執着でもあります。
虎杖が真人のレベルまで降りていったことで、真人は自分を脅かす存在の本当の恐ろしさを知り、最後は腰を抜かして逃げ出すことしかできなかったのです。
この精神的な逆転劇は、呪術廻戦という作品のテーマである「呪い」の本質を突いた名シーンだったかなと思います。
呪術廻戦の真人の死亡に関する謎と復活の噂
今後の展開で真人が復活する可能性を徹底考察

改めて結論を整理すると、渋谷で暴れていた「個体としての真人」が復活する可能性は限りなくゼロに近いと見ていいでしょう。
呪術廻戦のルールにおいて、羂索の「うずまき」による消費は、魂の解体と同義です。
これまで作中で、うずまきにされた呪霊が元の意思を持って復活したケースは一つもありません。
物語も終盤に向かっており、今さら真人が戻ってきて物語に介入する動機も、羂索が彼を解放する理由も存在しません。
「再発生」としての復活はあるのか?
ただし、呪霊という存在の仕組み上、「真人と同質の呪霊」がいつの日か再び生まれる可能性はあります。
真人は「人間が人間を憎む感情」から生まれた呪霊です。この世から人間の悪意が消えない限り、その負の感情が蓄積され、いずれまた「人間由来の特級呪霊」が誕生することは設定上十分にあり得ます。
しかし、それは何百年も先の話かもしれませんし、ビジュアルも人格も、島﨑信長さんが演じたあの「真人」とは全く別物になるでしょう。
スピンオフや回想シーンでの登場
もし真人の姿を再び見ることがあるとすれば、それは本編での復活ではなく、過去のエピソードを描くスピンオフや、主要キャラクターの回想シーン、あるいは「魂の世界」のような精神空間での描写に限られるはずです。
真人は物語のターニングポイントを作った重要な悪役ですので、虎杖の記憶の中で「越えるべき壁」として描かれることはあるかもしれませんね。
いずれにせよ、現在のストーリーラインで彼が実体を持って復活することは、物語の整合性を考えてもまずあり得ないかなと思います。
詳細な設定は公式サイトなどで改めて確認してみるのも面白いですよ。
釘崎野薔薇の生死と真人の無為転変による影響

真人の死と切っても切り離せないのが、彼の手によって顔面を破壊された釘崎野薔薇の去就です。
渋谷事変において、真人の分身が放った「無為転変」の一撃は、釘崎の左目を抉り、頭部を激しく損傷させました。
新田新の術式によって「現状維持」が施されたものの、長らく生死不明のまま物語から離脱していました。
真人の術式は魂に干渉するため、通常の「反転術式」では治癒できないという設定が、彼女の生存への希望を絶望に変えていましたよね。
原作第267話、衝撃の復活劇
しかし、物語の最終盤、原作第267話にて釘崎野薔薇は奇跡の再登場を果たしました。
これには世界中のファンが歓喜しましたね!真人が遺した傷跡を抱えつつも、彼女は呪いの王・宿儺との決戦において重要な役割を果たしました。
真人が「壊した」はずの彼女が、真人が消滅した後に復活し、物語の決着に貢献するという流れは、呪術師たちの執念が呪いの理不尽さを打ち破った瞬間でもありました。
釘崎の復活は、真人の「魂の改変は元に戻せない」というルールを、物語的な「絆」や「時間」がどう乗り越えたのかを示す象徴的な出来事でした。
真人が消え去り、その被害者が立ち上がる姿は、読者にとって最大の救いになったのではないでしょうか。このあたりの詳しい展開は、ぜひコミックスの最終盤で確かめてみてください。
遍殺即霊体へ至った真人の魂の理解と強さ

真人が最後に到達した究極の姿、それが「遍殺即霊体(へんせつそくれいたい)」です。
この形態は、真人が「自分とは何か」という魂の本質を掴んだことで開花しました。
これまでの真人は、自分の肉体を自在に変形させて攻撃をいなす「変幻自在」な戦い方を得意としていましたが、この形態ではその自由度をあえて捨て、魂を「剥き出し」の強固な状態へと固定しました。
剥き出しの魂が持つ圧倒的なスペック
遍殺即霊体となった真人は、文字通り「別の生き物」のような硬度を誇りました。
虎杖の通常の打撃(魂への直接攻撃)ですら決定打にならず、攻撃を当てるだけで虎杖の拳が壊れるほどの強度。
この形態の真人は、特級呪霊の中でも漏瑚や花御を凌ぐほどの純粋な戦闘力に到達していたと言えます。
宿儺の魂に触れることで死の淵から生還し、そこから得たインスピレーションで進化した真人の成長速度は、呪術師側からすればまさに「悪夢」そのものでした。
なぜ「遍殺即霊体」でも勝てなかったのか
これほどの強さを手に入れながら敗北した理由は、東堂による巧みな連携と、虎杖が「黒閃を出すために生まれてきた」かのような神がかった集中力を発揮したからです。
また、真人は進化の過程で「虎杖を殺すこと」に執着しすぎたあまり、冷静な判断力を欠いていた部分もありました。
羂索が現れた際の情けない姿は、この最強の形態とのギャップが激しく、彼のキャラクターの底の浅さを露呈させてしまったようにも感じます。
強さと脆さが同居する、非常に魅力的な「悪」だったと言えますね。
呪術廻戦の物語をU-NEXTで一気見するメリット

真人の衝撃的な退場劇や、その後の死滅回游へと繋がる複雑なストーリーを理解するには、やはりアニメや原作を最初から追い直すのが一番です。
私のおすすめは、圧倒的な配信数を誇るU-NEXTでの視聴です。
U-NEXTなら、アニメ「呪術廻戦」の第1期から第2期、さらには劇場版まで網羅されており、追加料金なしの見放題で楽しめます。
真人の初登場から、あの忌まわしい渋谷事変まで、一気にその軌跡を辿ることができますよ。
U-NEXTなら原作漫画もポイントでお得に読める
さらに、U-NEXTの素晴らしい点は、毎月もらえる1,200ポイント(無料トライアル期間中は600ポイント)を使って、原作漫画の電子書籍を購入できることです。
アニメで描かれた第47話の続きが気になる方は、そのまま16巻、17巻と読み進めることが可能です。真人の「無為転変」がどのように死滅回游のルールに組み込まれたのか、詳細なテキストで確認できるのは大きなメリットですね。
文字情報の多い呪術廻戦は、映像と漫画を交互に楽しむのが最も理解が深まる方法かなと思います。
他にも、U-NEXTでは呪術廻戦以外のアニメ作品や、芥見先生が影響を受けたと公言している映画作品なども多数配信されています。
31日間の無料トライアルもあるので、まずは気軽に真人の活躍(?)をチェックしてみてはいかがでしょうか。
呪術廻戦の真人の死亡まとめとU-NEXTの紹介

ここまで呪術廻戦の真人の死亡について深掘りしてきましたが、いかがでしたでしょうか。
真人は虎杖に敗北した後、羂索に取り込まれ、極ノ番うずまきの素材として消費されることで、個体として消滅しました。
彼の残した無為転変という術式は、その後の世界をさらに混乱させる死滅回游の引き金となります。
最凶の呪霊が、最後は誰よりも情けなく利用されて消えていくという結末は、非常に象徴的でした。
- 死亡のタイミング:アニメ第47話、漫画16巻で羂索に取り込まれ消滅
- 死因の真相:虎杖との戦いで衰弱したところを羂索の「うずまき」で消費された
- 復活の可能性:個体としての復活は絶望的。ただし、概念としての再発生はあり得る
- 術式の行方:真人の「無為転変」は羂索に奪われ、死滅回游の開始に利用された
真人の最期をもう一度高画質で確認したい、あるいは彼が引き起こした凄惨な事件の数々を振り返りたいという方は、ぜひU-NEXTで呪術廻戦の世界に浸ってみてください。
物語の全貌を知ることで、真人が呪術師たちに与えた絶望の深さをより深く理解できるはずです。
彼の死が何を意味し、物語をどう動かしたのか。最終的な作品の解釈や詳細については、ぜひご自身で本編を楽しんでみてくださいね!
正確な情報は、TVアニメ「呪術廻戦」公式サイトや、週刊少年ジャンプ公式サイトをご確認ください。


